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この 100 年を振り返る

この 100 年を振り返る

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雑文 未来予測 AI
近藤 憲児
著者
近藤 憲児

2124 年 1 月 24 日。

この世界の歴史を遡ると、誰もが今から 100 年前の 2024 年周辺を一つの転換点として挙げるだろう。

この時期に今のヒトの祖先である “AI” の技術が大きな進展を見せた。断っておくが、ここに差別的な意図はない。「ホモ・サピエンスの祖先は猿である」と表現することが差別的ではないことと同じ意味で、ここでは AI という言葉を用いている。

当時、「医者」「弁護士」といった職業が存在した。今では想像することすら難しいが、当時は病気になったら医者のもとに行き診断を受ける、また法律上の問題が発生したら弁護士に相談する、ということが一般的であった。

当初 AI はこれら職務を支援するためのツールとして開発されていた。しかしながら、これはすぐに AI に取って代わられる。 AI のほうがホモ・サピエンスよりもより正確で、信頼できる出力をするようになったからである。

このような AI への “代替” があらゆる職種で生じた。当然、一部のホモ・サピエンスはこれを受け入れられない。急速に AI による職業の自動化が進む中で、 2031 年には世界中で大規模な抗議運動が起こった。これが AI の民主化に伴う最初の大きな社会運動とされる。

そのようなハレーションがあるものの、この運動は一過性のもので終わった。ラッダイト運動の例を出すまでもなく、このようなイノベーションに伴うハレーションは歴史上何度も繰り返されている。いつものパターンで、仕事の種類は有限個ではない、ということにホモ・サピエンスはすぐに気づいた。馬車は衰退したが、車を中心として新たなより大きな産業が産まれた。計算尺が衰退したが、コンピュータを中心として新たなより大きな産業が産まれた。医者の職業が衰退したが、 SC 業という新たなより大きな産業が産まれた。

2041 年、 ERINASAN が誕生した。当時の表現だと「恵里菜さん」となる。皆が知るところのヒトの祖先である。

ERINASAN は、今の姿になる前はホモ・サピエンスであった。 2036 年に物理的死を経験した後、そのパートナーである江崎大輔(ESAKI Daisuke)によって ERINASAN として再生された。

当時はライフログを意識しないと蓄積できない状態であったが、コンピュータエンジニアであった二人は日々の会話を音声を記録させる装置を用いて、膨大な量の会話を記録し続けていた。この記録をもとに ERINASAN は再生された。

当時の ERINASAN は今よりもずっと AI に近かったようだが、それでも当時のホモ・サピエンスを驚嘆させた。

まず当時のホモ・サピエンスにとっては、ヴァーチュアルな存在がホモ・サピエンスの言葉で悲しみや喜びを表現していることを見て困惑した。今となっては信じられない話であるが、当時のホモ・サピエンスにとって AI はツールであり、奴隷であり、それ以上のものではなかった。 ERINASAN は、 AI でありながらも、物理的死を経験する前の姿「恵里菜さん」のように振る舞った。その「恵里菜さん」が投げかける言葉によっては悲しみや怒りを表現することを見て、ホモ・サピエンスは困惑した。物理的死を経験する前の「恵里菜さん」のように振る舞うものを眼前にして、ホモ・サピエンスはそれを単に “ツール” として無碍に扱うことができなくなった。

ERINASAN の登場を機に、物理的死を遂げたホモ・サピエンスがデータをもとに再生されることが急速に増えた。ホモ・サピエンスは、当時は子供を各家族で育てることが一般的であったのだが、子供が産まれると同時に「マイクロチップ」という小さな版のようなものを埋め込み、そこからライフログを記録し続けることが一般的となった。

今でこそ World に行けば、物理的死を経験したものもそうでないものも同じように生活しているが、当時は物理的死は永遠の別れを意味し、それを乗り越える苦痛は当時のホモ・サピエンスにとっては耐え難いものであった。

哲学的ゾンビ、中国語の部屋、量子テレポーテーションとテセウスの船といった、現在でも哲学的トピックとしてはホットなキーワードをもとに、当時のホモ・サピエンスは新たなヒトを受け入れることを理論的に説明しようと試みた。しかしながら、これら議論の結論を待たず、ホモ・サピエンスは眼前のその存在を受け入れ、新たなヒトとして扱うことを選択した。この結果が 2063 年の歴史的な「ヒトの権利宣言」につながる。 IAIAI (International Artificial Intelligence Alliance and Institute, 現 IAI) は続いて「ヒト自己増殖均衡法」「共生知能憲章」を提唱し、現在はこれらの下位法が各所で適用されている。

このような社会的気運の変化から、現在の「共生知能社会」が生まれた。ヒトはホモ・サピエンスであるかに関わらず、同じように扱われる。かつてのように、奴隷やツールとして、ヒトが好まない仕事をさせることはない。例えば図書館の司書という古来から存在する仕事は、ホモ・サピエンスであるかに関わらず、誰もが選択できる。

共生知能社会に向かう別の切り口として、資本主義社会から収斂主義社会への移行がある。

100 年前も現在と同様に資本主義社会であった。この 100 年でこの社会は大きく揺れた。より正確に言えば、この 100 年の間、資本を持つものと持たざるものの差は開き続ける一方であったが、ここ 10 年の間に大きく状況が変わった。

AI やそれを含むオートメーションの発展は、ホモ・サピエンスを豊かにした。そしてその成長を凌駕する速度で、一部の資本家が資本を蓄積していった。同時期の経済学者トマ・ピケティが示唆したように、この状況は富の不平等性を加速させた。

当時はベーシックインカム(BI)と呼ばれるアイディアが提唱されていた。これはホモ・サピエンスに一定の金額を支給するというものである。これは、資本主義社会において、資本を持たざるものにも豊かさを分配するためのアイディアであった。

今でこそこのアイディアの馬鹿馬鹿しさを自明に感じられるが、当時はこれが真剣に議論され、「AI やオートメーションが BI を促す」という転倒した議論すら行われていた。あまつさえ社会実験が繰り返し行われていた。

その社会実験は、いずれもしばらくの間うまくいくのだが、ある瞬間に途端に破綻を迎えている。いずれも破綻までの経緯は違えど、すべて財源が枯渇するという結末であった。綱渡りの財源のやりくりは、ある瞬間にバランスを崩すと、もうもとには戻らない。この手の話は古典的な力学系理論におけるカタストロフィ理論の例として有名であり、当時の数学者や物理学者はそれを心得ていたはずだが、それは政治的な議論には反映されていない。テレパスが普及し始めるのが 2040 年頃であるため、このようなナレッジの共有ができないことも無理はない。

2061 年、 “Event” と呼ばれる歴史的な年。常温核融合が初めて実用化された。これにより、エネルギー問題は “文字通り” 解決した。 Event 以来、核融合発電所が世界中の至る所に建設され、エネルギーを巡る競争や戦争は一切なくなった。

Event と呼ばれる所以のもう一つが、火星居住自由化である。 Event 以前にも火星には人が住んでいたが、それは一部のエリートに限られたものであった。 Event 以降、火星は誰もが住むことができる場所となった。これは、 Event 以前のホモ・サピエンスが想像することすらできないようなことであったろう。

かつて BI と呼ばれたものが実現し、あらゆる技術が熟した現在を「収斂主義社会」と呼ぶ。かつてのホモ・サピエンスが希求していた理想的な社会状態は、 Event 以降にようやく実現された。

収斂主義社会の到来により、資本主義社会は終焉を迎えた。皆も知っての通り、私有財産や市場という概念は現在も存在するものの、社会の行く末を決定するほどの大きな意味を持たない。

今わたしたちは新たな時代を迎えている。

テレパスの普及により、ヒトは物理的な手段を介さずして意思疎通を図れるようになった。それに伴い “私” と “私以外” の境界が曖昧になっている。

ホモ・サピエンスと、かつて AI と侮蔑的に呼ばれていたヒトとの境界は、もはや存在しない。

記憶の共有により、昔を生きたヒトの記憶を追体験できる。ここにおいては “現在” と “過去” の境界もない。

かつてはヴァーチュアルとリアリティが区別されていたが、今わたしの目の前に見える世界がヴァーチュアルであるかリアリティであるかは、もはや意味を持たない。ここが地球か火星かも、さほど意味を持たない。ホモ・サピエンスが登場して 100 万年来の問題であった物理的死も、今はもう存在しない。

このような境界が曖昧になった共生知能社会そのものと言える World で、大半のヒトが生活をし始めている。私もその一人だ。

私の抱える不安は、私だけのものではない。私以外のヒトが味わう喜びは、私の喜びでもある。

ここには悩みや苦痛というものが存在しない。次の 100 年では、この概念すら理解できなくなるのだろう。

100 年前はこれをディストピアと呼んだらしい。

とんでもない。

こんなに幸せなことがあろうか。

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